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自分の内面を「形」にする ---投稿雑誌『Inside Out』ブログ since 2007/11/15
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プロフィール
HN:
川端康史
年齢:
33
性別:
男性
誕生日:
1984/06/29
自己紹介:
『Inside Out』代表の川端です。
自分の内面を「形」にする。
こういった理念を持った雑誌である以上、私にも表現する義務があると思っています。
ここはその一つの「形」です。かといって、私だけがここに書き込むわけではありません。スタッフはもちろん作者の方も書き込める、一つの「場」になればと思っています。
初めての方も、気軽にコメントなど頂ければと思います。

mixi:kawattyan and Inside Outコミュニティー
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やさしい交番
回 帆船

すみずみのドアノブを確認して歩きまわって、足もくたくたになった頃だった。赤いランプが、扉の上で回る部屋を見つけた。
ぼくは隣のおじいさんの袖を引っぱった。おじいさんは顔を上げたものの、ぼそぼそと、あまり交番に頼るのは良くない、若者はすぐに諦めるから、とかなんとかつぶやいている。ぼくはそれを聞こえない振りをして、赤いランプの部屋の中に声をかけた。
「すいませーん」
二つの影が顔を上げた。このマンションの外壁と同じミルク色の壁の、四角い、つめたい感じの部屋だ。でも他の部屋と違って扉はなくて、マンションの廊下に向かって開かれたつくりになっている。中には、整理整頓された机と棚に囲まれた、お巡りさんが二人。入り口のすぐ隣の小机に腰かけていた方のお巡りさんが、軽く腰を浮かせた。
「このおじいさんが、家を探しているらしいんですけど」
そう言ってぼくは、おじいさんの背中をそっと押した。渋々という風だったおじいさんも、諦めたのか、低い声で話しはじめる。
「このマンションの中にあるお宅を探しているんですがね。あんまりいっぱい同じような部屋が並んどって、同じ道を何度も通っているようで。その上どこも何十階立てだし、三階で別の棟とつながっていたり、離れていたり、もうどうにも分からなくなってしまいまして……」
入り口のお巡りさんが、やわらかく笑った。
「ここにも良く、そういう方がいらっしゃいますよ。だからこうして、団地内の各マンションの一階に交番を作っているんです。相手のお宅の名前が分かれば、すぐにお調べいたしますよ」
お巡りさんは、おじいさんに椅子に座って話すよう薦める。入り口に立ちつくしていたぼくも、そろりと脇に座った。
「それがねぇ、この雨でしょう。あちらさんの名前を書いた紙がぐしょぐしょに濡れてしまって、ほら、この通り」
おじいさんはポケットからしわくちゃになったメモ用紙を取り出してみせる。交番行きを渋っていた癖に、随分準備がいいんだな。と、ぼくは思う。
お巡りさんはインクがにじんで灰色のまだらになっているメモ用紙を、しばらく眺め回していた。
「ああ、これじゃあ、分かりませんね」
「でしょう。年を取るっていうのは悲しいもんで、ねぇ。何度聞いても相手の名前すら忘れちまう。だからこうしてばあさんにメモを書いてもらったんですが、困ったねぇ。第一ばあさんの用事ならばあさんが来ればいいって言うのに、毎日毎日敬老会やらスポーツクラブやらお茶の会やら……」
「じゃあ、お家に電話して聞くわけにもいかないですね」
お巡りさんは大仰にうなづいて言った。
「そうなんですよ。ばあさんは今日も丁度出かけてて、ねぇ。今日は何だったか、東京まで出かけるってんでやたら派手な服着て、朝から朝飯もろくに作りやしない……」
話の切れ目を見て、お巡りさんははっきりした声で聞いた。
「何か、相手のお宅について、覚えていることはありませんか」
「それがねぇ、そうだなぁ。随分裕福なお宅だとは言ってたけどねぇ……まぁ、ばあさんの言うことだから当てになりゃせん。あとはなぁ、……そうだねぇ、奥さんも働きに出てるから、普段は留守が多いとか……。だから約束の時間には遅れんようにせんと……三時に行かねばならんのですよ」
「ドアノブの話は?」
ぼくが助け舟をだす。それを聞いてやっと思い出したと言う風に、おじいさんは首を縦に振った。
「そうそう、最近は新しい、オートロックとか言うんですか、その鍵に取り替える家が多いでしょう。そのお宅も鍵を新しくしたばっかりでねぇ、緑色の、珍しい鍵穴なんですと。それを覚えとったから、こちらの親切な方と一緒に、緑の鍵穴だけを探してみていたんですが……なかなか無いもんですねぇ」
「緑の鍵穴、ですか」
「防犯地図を見ればいいんじゃないか?」
奥に座っていた方のお巡りさんが、ペンで机を指しながら言った。おじいさんの話を聞いていたお巡りさんはうなずき、机の引き出しを開けた。黒いファイルケースを取り出して、一枚一枚めくりはじめる。
外の雨音に混じって、しばらくページを繰る音だけが響きわたった。ぼくはやはり何となくそわそわして、靴と靴の先を擦っていた。おじいさんはそういうところは慣れたもので、ただ不安げにファイルをめくるお巡りさんの手元を見ている。
「……ああ、ありました」
おじいさんが顔を上げた。ぼくも身を乗り出しそうになる。
「きっと、六階の木村さんの家じゃないでしょうか」
「ほ、本当ですか」
「ええ、これはこのマンション団地内の防犯状況を示した地図でしてね。緑の鍵って言うのは、特に防犯で有名なメーカーの最新式の鍵ですから。それを取り付けている家は、そんなに多くありません」
「いやぁ、助かった。ありがとう、ありがとう」
おじいさんは何度も愛想の良いお巡りさんにお礼を言って、頭を下げた。握手までしはじめた頃、奥のお巡りさんに促されて時計を見る。丁度三時だ。
「ああ、これは失礼しました。もう行かないと……」
「ええ、お役に立てて良かった。気をつけて下さいね」
お巡りさんはぼくに目配せする。大方、おじいさんが再び迷わないように送っていって欲しい、と言う意味だろう。ぼくはそれに答えて微笑んだ。
何度もお辞儀を繰り返すおじいさんと一緒に、白い交番を出た。雨は随分弱くなっていた。交番の中からは見えない位置に置いておいた仕事道具を、おじいさんと手分けして持ち直す。
「親切な交番だなぁ」
おじいさんがぽつりとつぶやいた。親切なのは交番でなくてお巡りさんでしょ、という言葉を、どうでも良くなってぼくは飲みこんだ。
そんな交番のお巡りさんが、とあるニュースを知るまでには、まだ時間がかかるはずだ。――「緑の鍵穴」には重大な欠陥があって、簡単にこじ開けられるから窃盗事件が頻発する、って。
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