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自分の内面を「形」にする ---投稿雑誌『Inside Out』ブログ since 2007/11/15
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プロフィール
HN:
川端康史
年齢:
32
性別:
男性
誕生日:
1984/06/29
自己紹介:
『Inside Out』代表の川端です。
自分の内面を「形」にする。
こういった理念を持った雑誌である以上、私にも表現する義務があると思っています。
ここはその一つの「形」です。かといって、私だけがここに書き込むわけではありません。スタッフはもちろん作者の方も書き込める、一つの「場」になればと思っています。
初めての方も、気軽にコメントなど頂ければと思います。

mixi:kawattyan and Inside Outコミュニティー
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「りとらい」
                                    及川 都井

 
 
【現在】
 
 気が付くと、民族大移動の中にいた。
 
 どれくらいの人がいるのだろう。見当も付かない。端的に言えば、コミックマーケットの人気ロリ系エロ同人サークルにならぶ列を、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もひとつおまけに、もっと、大量かつ長距離にしたような・・・・・・これまでにみたこともないような人人人の大移動。ただ普通の行列と違うのは、全員奇妙な乗り物にのってゆっくり移動しているということだった。
 この奇妙な乗り物を形容するのはちょっと難しい。独特のフォルムをしている。決して車とかそういったたぐいのものではなく、もっと有機的な印象で、空間に浮遊していて、先が丸い感じで、後ろが細くなっていて、人々はそれにまたがっている。操作しているというものではなさそうで、自動的なようだ。
 
 これは一体全体なんの行列なんだろう。なんのために、どこにむかってこいつらは進んでいるのだろうか・・・・・・
 
 そこまで考えて、やっと我を振り返った。
 そもそも俺は何でここにいるんだっけ。
 
 あわててあたりを見回すと、どうやら洞窟の中にいることがわかった。壁にかこまれ、薄暗い。みたこともない場所だ。ここはどこなんだろう。こんなところにいる経緯が思い出せない。
『おちつけ、おちつけ』
 be Cool。冷静に自分の記憶を辿るんだ。いざというときにこそ、人の真価が問われる。こういう時にこそクールになれる人間がセカイに必要なんだ。そう、まずは名前だ。俺の名前を思い出せ。俺の名前は……クロス・H。そうそう、俺は俺の魂をクロス・Hと位置づけていたんだ。それから年齢は18才と3915日だった。よしよし、思い出してきたぞ。さすが俺だ。
 俺はバンドでボーカルをやっていて、自分で作詞もして、あと、文学などもやっていた。詩作ではネットで何人かのファンをつけ、よく詩作掲載サイトの管理人に完成度をほめられていた。要するに、プロとして芸術をやる人間だったんだ。一応CDも発売したし、文学賞も取っている。そこらの芸術家きどりの奴らとは違う。しかも、アーティストながら内向性だけを極めるのでなく、外面をも磨こうとしていたら、スカウトされてモデル事務所に登録した。俺はアーティストなので芸能界にすすもうとはおもわなかったが……いや、それはこの際おいておこう。問題は一体俺がなぜここにいるか、だ。常に本質を見抜け、本質を……。
『あ、そうだ』
 少し思い出した。俺は久々に里帰りしたんだった。東京から田舎の秋田まで新幹線で。駅からおりたことを記憶している。とすると、ここは秋田なのか?いやいや、秋田にこんな人が集まることはないだろう。メッカだってこんなにたくさん集まるのか怪しいぞ。竿灯祭りの、うーむ、たぶん18倍くらいの人がいそうだ。
 再び周囲を観察する。よくみると人々の顔はあまり精気がない。どことなく悲しげで表情は重い。リストラされたサラリーマンのようだった。俺はちょうどとなりにを進んでいた、気の弱そうなおっさんにむかって話しかける。
「なぁ、おじさん、ここはどこだい。どこむかってるの?」
 気の弱そうなおっさんは、一瞬目を大きくして驚いた顔をする。
「どこって……君」
「うん、俺、きがついたらここにいてさぁ、ぜんぜん記憶無くて。なんでこんなとこにいるんだろうな。わっかんね」
「ええっ!記憶がないのか!」
 おっさんが予想以上に驚愕し、声をあげた。すると、驚いたことに周囲までもざわつきだした。ひそひそと声がきこえてくる。
『おいおい……まじかよ、、記憶がないだって……』
「うん、まぁ。自分が誰かはわかるんだけどな。今何やってるかが……」
 俺は少々気圧された。なんだ、なんだ、なんだ、なんだってんだ。
「なんかまずいかな?なぁ、おじさん、ちょっと教えてくれよ」
 不安になっておっさんにきくと、おっさんはいかにも言いにくそうな表情で口ごもる。
「それは……その、つまりだねぇ」
 
「ちょっと!失礼!」
 
 唐突に誰かが俺の後ろから肩をつかんだ。びっくりしてふりむくと、メガネをかけた男がいた。30才くらいに見えた。どうやらここの行列には若者は少ないらしい。
「とつぜんすみませんね。いや、お困りのようだったのでね、つい。あなたはここがどこだか忘れてしまったのですね。そういうことなら私の方から説明しますよ。ね、よろしいでしょう、そちらの方も」
 男がおっさんにむかってそういうと、おっさんも怪訝な顔をしながらもいいですよと答えた。男は「おっと、失礼。私はT大学の大学院で哲学の博士課程を修了した土屋といいます。」と自己紹介する。おっさんが、ほぉー、あなたは博士ですかと口にした。なるほど、T大学か。それなら俺も受験した国内最難関大学だ。やればうかったとおもうが、現役時は小説を書くのに時間を費やし、浪人時はソウルメイトと出会い、ソウルメイトの彼女に時間を費やし、二浪めの途中でT大にいっても芸術的完成にはなんら関係がないと悟って、別の私大に行くことにした。結果ガリ勉に力が入らず不合格になったが、そこにいっては今の俺はなく、むしろ盲目的エリート会社員にしかならなかったとおもうので、特に不合格につき後悔はない。浪人のお陰で人間的成長ができたので、そこは有意義だと思っている。
「それで、ハカセさん、ここはどこだい?どこにむかってる?」
「ここはね、『えらばれし者の道』というところですよ。今我々は洞窟の中にいるでしょう?ここを通り抜けられた者は『えらばれし者』として光を与えられることになります。しかし、選ばれる人間はたったの一名。いま私たちはその一名をめざして、この乗り物にのって前に進んでいるわけです」
 気の弱そうなおっさんがはっとした。
「選ばれしもの?」
 眉をひそめる俺に、ハカセはにこやかだ。
「そうです。ここに来る人間は各所から推薦された人間達なんです。ひとそれぞれ理由はありますが、みんなえらばれし者にふさわしいということでここに送り出されたのですよ。私も一応哲学の業績が認められまして」
 ハカセは周囲の人間達をみわたして声をかけた。
「ねぇ!みなさんもそうなのでしょう!?」
 突如会話を振られた人々は若干言葉に詰まった様子をみせたが、すぐに十数名のやつらが返事をした。
「俺は一応ベンチャービジネスが成功して」「あたしはグラビアアイドルなの」「私は政治家秘書として業績をあげたもので」「僕はクラスのいじめを解決して」……。
 子供から大人まで口々に理由を述べたが、なかでも中年の仕事につくし業績を上げたやつや警察として地域住民をまもったというやつらが多かった。まぁ、俺に言わせれば芸術的には皆無であって、創造性に欠ける業績だ。よくわからないが、えらばれし者とかいうのには遠いだろう。推薦されたとか言う話だが、人はみんな自分だけは特別だとおもっている。心理学の本を読み独学で修めた俺は、そういうことを知っている。こいつらの非芸術的な業績では到底特別とはいえないのだが、自分ではそう思ってるんだ。そういうやつが、ほんと多い。ネット小説家やバンドやってるやつらはそんなのばかりだった。たいした才能もなく、俺のように賞も取っていないアマチュアなのに。まぁ、それはこの際おいておこう。いまの本質からずれてはいけない。重要なのは、本質だ。
「ふーん、そんで、あんたがたはこの変な乗り物にのってえらばれし者めざして進んでるわけだ」
「そういうことです」
「じゃ、急がなきゃいけないんじゃいの?なんかその、えらばれし者っていうのになるために」
 投げやりに答えると、ハカセは腕を組んで悩んだ。
「それなんですがね、私は悩んでいて。おそらくここにいるみんなも悩んでると思うんです。なにがって、それは、自分が本当にえらばれし者にふさわしいかどうかですよ。なにしろこれだけ多くの人間を代表する者です。いくら各々業績を上げたとはいえ、大役が務まる者かどうか……」
 ハカセがため息をつくと、周囲のやつらもうんうんと難しそうな顔で頷いた。
 正直、意外だ。ずいぶんと殊勝だ。みんな自分こそが、と思う者だとおもっていた。いや、案外、いざというときには尻込みするもんなのかもしれない。こつこつとまじめに働くことはできても、俺のようにステージに立ってしゃべるようなことは凡人には難しい。そういうものかもしれない。いろいろ理由を付けて、今日は気分が乗らないなぁ、とかいまちょっと体調悪くてとか、お金かかると実力が出せなくて、とか言って逃げるやつは多かった。うん、これはもしかして研究すればユング派心理学に対する有効な反証として発表できるかも知れないぞ。
 でも、ハカセはなぜやりたくないのにやめないんだ?
「いやなら、やめればいいじゃん?」
「それがそうもいかんないのですよ」
 ハカセは肩をすくめる。
「あなた、名前は?」
「クロス。クロス・H」
 一瞬あっけにとられたようにみえたハカセだが、すぐに持ち直した。こいつも親の付けた名前にとらわれるタイプなんだな。
「クロスさん、なぜあなたが記憶を失ったのかわかりませんが、順を追って説明しましょう。まず、私達はここに選ばれてあつまった。そして、直感で好きな『箱船』といわれる乗り物を選んで、乗った。この『箱船』は操作などなしに自動的に進んでいく。ただし、自分の意志に応じてある程度、推進を緩めることや強めることだけはできる。ゆっくり行けば燃料はもちやすく、急げば持ちにくい。燃料がいつまでもつか、この総量は船ごとに違う。奥に進める優秀な『箱船』かどうかは選んだ時にはわからない。燃料が尽き、推進が不可能になった時、その船にのった人は脱落する。これらは覚えてる?」
 俺は首を横に振った。全然覚えていない。
「でもさ、これ、えらばれし者を選ぶってわりには運で勝者が決まってない?」
「そう!いいですか、ここからが大切です。推進できなくなった船にのった者は、まだ動ける船に乗り換えることができるのです。動ける船に乗った者を説得し、降りてもらうことでね」
 ワンテンポおいてからハカセは言った。
「覚えておいて欲しいのは、自分で船を下りることは違反だけれど、説得に応じて降りることは可能だということです」
 違反?
「違反するとどうなんの?」
「それは……まぁ、お互い推薦されている身ですし、そういう責任法規的なことは誰もしないといったところですか」
 よくわからないが、そういうもんか。
「ともかく、自分こそが本物と思料するものは、動ける船を譲ってもらい、逆に自分はふさわしくないと思う者は譲って降りることもできると、そういうことですよ」
 ハカセは、そして私は後者の人間です、と加えた。
「ふぅん……。だいたい見えてきた。でも、二つ質問」
「どうぞ」
「争って船を奪うとかはみんなしないの?」
「ああ、ええと。お互い大人なのでそういうことは少ないですね」
「じゃ、選ばれるとどうなるの?」
「選ばれたことがないのでわかりませんが、大きな事にチャレンジできる資格が与えられるそうです」
「大きな事、かぁ。プロジェクトを提案したら資金援助がされるとかかな?」
「きっとそうですよ!」
 それはいいな。俺には将来的にやりたいことがある。大きな夢だ。バックアップがつくのはありがたい。
「クロスさんはなにかやりたいことが?いや、その前に……」
 ハカセが少し改まる。
「あなたはどうしてここに来たと思いますか?名前は覚えていたようだけど、それは覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ。あまり自分では言わないようにしてるんだけど、聞きたいならいうよ。俺、巷で言うところのアーティストってやつで。それで選ばれたんだと思うよ」
「ほう、アーティスト!」
 ハカセが驚嘆した。そりゃそうだ。当然の反応だ。
「まぁ驚かれるほどのこともないんだけど。職業というか、存在の在り方にすぎないと思ってるし。でも俺の場合はちゃんと賞とかもとってるプロなんだけどさ」
「それはすごい!音楽ですか?」
「ロックバンドでヴォーカルと作詞。あと文学。それからモデル事務所と劇団にも登録してて、それも活動の一種かな?」
 周囲からざわざわと感嘆が漏れた。『すごい……天才だ……』
 仕方ない。少しだけこいつらに本当のことを話してやるか。
 
「ほら、いまのアートってさ商業主義がかなり入ってるじゃん?本当の芸術じゃない、なにもわかってないやつらのエンタテイメントなんだ。エンタテイメントって言うか、お金儲けって言うか。とにかく欺瞞であって芸術への冒涜。エセ哲学が横行するなか、俺は俺の作品をもってこの風潮に挑戦し、世の中に本質を提示したいんだ。すべての人がまだそれを理解できる段階じゃないというのはある。でも、集ってくれるファンと一緒に、できる限りのことをしてきたよ。いやね、たしかにお金については苦しい時がある。だって俺は商業主義でなく芸術至上主義だからね。知ってる?人生は一行のガァドレールにも敷かず。これ、芸術至上主義をかかげた太宰治の台詞なんだ。彼は才能は世界的レベルからしたらまずまずといったところにすぎないけど、いい言葉をのこしたよね。すべての人間の存在意義は、芸術には勝てない。うん、良い言葉だ。俺はこの言葉が好きだね。で、そうして芸術至上主義を掲げてる俺は、なかなか生活にこまることもあるってことなんだけど、そういうときはファンの女の子とかにちょっとめんどうみてもらうこともあって。まぁ、ヒモともいえるのか、ヒモ。中にはヒモなんてカチグミですねっていうひともいるけど。おれはそうは思わない。なにがかちぐみとか人それぞれだと思うし。ていうか、ヒモじゃないんだ。いわゆるソウルメイト。俺が苦しいときには彼女が俺を助けてくれて、彼女の心が苦しい時には、俺が歌をうたって慰める。そんな関係。魂が結びついてる。でも、みんなヒモっていってかちぐみだなんだとかいうんだよ。ヒモって俺はあんまりいもんじゃないと思ってるから、そこつかれると弱いよ」
 
「……い、いやいや。その女性はこう考えてるのですよ。一億円を国民全てに一円ずつ払うより、一人の天才に配分した方が資源を有効…」
 
「あ!そうそう、あんたもわかる?そうなんだよ。その方が有効なんだよ。結局な、最後は才能。これにつきる。努力には時間がかかって、時間は有限だろ。だから努力は有限。くらべて、天才というのは無限なんだ。いつの時代も、たった一人の天才が群衆を導いてきた。人類を先へと押し上げてきた。三島由紀夫とか村上春樹とか。ジョン・レノンもそうか。でも、ジョンも三島ももういないし、春樹は老いた。この腐敗した世界に挑む新しい何かが必要だと俺は思う。世界と人を救える、新しい才能が。まだ成長途中だけど、俺はいつかそれになりたいと考えてる。子供の時から自分の素質には気づいてた。中学まで神童とよばれていたしね。学年では1番をとってたんだ。こういう才能というのは、個人で使い切るべきじゃないんだよ。才能は公共のものだ。人々のためのものだ。世界と人を救うために、俺は俺の芸術を成し遂げる。たとえそれが自分を犠牲とした悲劇になってもだ。思想無きエセ芸術に風穴をあけ、本質というものを教えたいんだ」
「…………」
 ハカセはこっくりこっくりと頷きながらだまってきいていた。そして一分くらいしてからがばっと顔を上げた。よほど感動したらしいな。声も出ないんだから。
「すばらしい!すばらしい青年だ!実に!」
 ハカセの叫びに、周囲のやつらが『そうだ、そうだ』と呼応する。
「どうでしょう、みなさん。この青年にえらばれし者の座を託してみませんか!?世界への挑戦権を与えてみませんか!?どなたか、強い船を譲ってみては!」
 やれやれ、仕方ない。努めて素っ気なく、俺は言ってやった。
 
「みんながやれっていうなら、別にいいよ」
 
 やっぱりなぁ。そうなんだよ。小説も書いて詩も書いて歌も歌えてモデル事務所にも登録して劇団にも参加する。歌を歌ったり詩を書いたりするのはとても難しいことで、だれにでもできる芸当じゃない。同世代のやつらは会社とかに従うことばかりうまくなって、俺の真似ができてるやつはいないんだ。音楽で飯食ってても、思想をもった音楽ができてるやつはいないし。とにかく創造的に生きるというのは本当に厳しい。創造的に生きていることを才能といわないでなんというのだろう。俺は自分を天才と思ったことはないけど、人にそういわれても客観的に仕方ない。天才としての役割を求められるなら、それを演じるのもファンサービスだろう。持ちし者が持たざる者へ与えられる唯一の施しを一蹴するのも忍びない。
 
「この『箱船』にお乗りなさい。みんなの中から一番力強い者をえらびましたよ」
「サンキュー」
 俺は乗り物にまたがった。急げ、と心の中で念じると船はぐんと勢いをつけて進み出す。ハカセ達がみるみる離れ、小さくなっていった。遠くから、『あなたはえらばれました』という彼の声が聞こえたような気がするが、気のせいか。俺と出会い、そして別れたことで、彼らの舞台の幕は閉じたのだから。
 
                              
 
 それからは繰り返しだった。
 
「俺、アーティストでさ」
 乗り換え。
「俺は商業主義の腐敗した芸術に真実をつきつけたくて」
 乗り換え。
「俺の作品の主体的意識というものは」
 乗り換え。
「俺の闇と狂気の狭間でぎりぎりせめぎ合って作品を創作し」
 乗り換え。
「俺が思うにディルもマンソンもいまやエンタメに堕落してるから」
 乗り換え。
「俺という人間がいることを作品で世に知らしめるには」
 乗り換え。
 
「俺は」乗り換え「俺に」乗り換え「俺と」乗り換え「俺が」乗り換え「俺の」乗り換え「俺なら」乗り換え「俺には」乗り換え。「俺だけに」乗り換え「俺だって」乗り換え「俺としては」乗り換え「俺なんて」乗り換え「俺すら」乗り換え「俺とは」乗り換え「俺ばっかり」乗り換え。俺俺俺俺俺……俺だよ俺俺、ほら俺だよ、俺だってば。乗り換え乗り換え乗り換え変え乗り換え乗り換え。
 
「俺は将来ね、やりたいことがあるんだ。誰もしないような事かも知れないけど、世界の恵まれない子供達のためにお金を出してあげたいとおもってる。個人でできることには限界があるから、ボランティア集団にお金を渡すって企画でいこうと考えたんだ。学校建てたりとか。かなりうがった見方、それでいて本質を見抜いたとおもう持論なんだけど、ボランティアというのは偽善になる可能性があるよな。だから、余分なお金でやろうとおもうんだ。お金は図らずもかなり稼いでしまうだろう。っていうのは、芸術に値段は付けられないけど、俺の作品を喜ぶファンがくれるというなら、仕方ないし。そういうファンの善意を俺が集約して、世界を救いたい。いわば、俺という作品を集約する俺という人格は、すなわち人間のわずかに残された愛を集約する機関として存在する……それが将来の夢なんだ!」
 
乗り換え・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・。
 
 
 
 だいぶ奥の方まで進んできた。もうほとんど人はいない。
 もしかしてトップに立ってしまったのだろうか?
 そう思いかけた時、少し先の方で二人の男の話声がした。
 近寄ってみよう。
 
「はてさて、私たち随分活きのいい『箱船』を選んでしまったようですねぇ」
「いやはや、まったく。ツートップってやつです。……どうしましょう」
「どうしましょうって……。まぁ、そりゃここまできたら運を天に任せるしかないんじゃないでしょうか」
「は、私は天なんて信じませんよ!」
「ううん、気持ちはわかりますが。でもじゃあ、どうします?お互い譲る気はないでしょう?」
「ですな。しかし、一応言葉はかけるべきだとお思いますね。お互い、いい年でここに来てるわけですから」
「なるほど。大人として、ですか」
「そうですよ。……申し遅れました。私、呉服大手T社の営業におりました竹内といいます。よろしくどうぞ。さて、それじゃあ、私から言わせてもらいましょうか。あなた、どうぞ?」
「こういう癖ってのはなかなか抜けないですね。大手電機メーカーの富士です。……いやいや、あなたこそ」
「いやいやいや、あなたの方がふさわしい」
「はっはっは、なにをおっしゃる。あなたこそがふさわしい」
「あなたこそが」「いやあなたが」「どうぞあなたが」「いえ、あなたが」「絶対あなただ」「天地神明にちかってあなたが」
 
 ……なんてじれったいおっさんどもだろうか。何の話か知らないが、まさに凡人サラリーマンのやりとりだ。責任をとらず逃げ口上ばかり。礼儀を隠れ蓑に社交辞令で塗り固めて本質を見失う。とっとと本当に必要なことをやったらいいのに。こんなんででっかい男になれるだろうか。いや、なれない。
 
「おい、そこの人たち」
 俺が声をかけると、おっさん達はおどろいてこちらを振り向く。
「なにを話してるんだか知らないけど、じれったくてしょうがない」
 おっさんたちは目を丸くしてお互いに見つめ合ったあと、笑みをうかべた。正直気持ち悪い。
「ははは、すいません。驚いてしまいまして。まさか、追いついてくる人がいるとは思わなかったもんで」
「そうそう。てっきりこのままトップかと思ってましたよ。お互い力を温存してきたのにこの速さでしたからね」
「そっか。俺は急いできたから、もう船の勢いがなくなってるよ」
 さっき竹内となのったおっさんの一人が大仰に腕を広げた。
「おお、それはいけない。あなた、良かったら私の船にのってはいかがですか!」
「そう?まだなんもいってないけど。そういうならしかたな……」
 刹那。さっき会話で富士となのっていたおっさんが吐いた。
「私はあなたをみとめませんよ」
「……!」
 なんだって!そんなこといわれるのは初めてだ!なんておっさんだろう。ただ年だけ重ねて何もでかいことやってねぇのに!
「なんだよ、俺の事なんて何にもわかってないくせに!ああ、あんたみたいな人いたよ!俺を理解できない人間は所詮本質をわかってない人間で、そんなやつらに理解されたいとも思わないね。でも、死ぬまで芸術をわからないやつらは哀れだから、ちょっと教えてやる!」
 富士は涼しい目で、ぜひ教えてもらおう、と言った。
「よし、まず俺の目標は……」 
 
 
 ……しばらくした後。
 俺の話をすっかりきいた富士は、満面の笑顔で感動を表現していた。こんな若者がいるなんて、とでも言いたげだ。竹内もあまりの俺の志にあっけにとられているようだった。
「いやぁ、クロス君!なんてすばらしい才能だろう!よかったら、いや、ぜひ、いやいや、絶対、私の箱船を使って欲しい!」
「そう?わかってくれて嬉しいよ。富士さん、おもったよりちゃんとしたひとじゃん。せっかくだから船使わせてもらうよ」
「え、あの、私の方が最初に申し出……」
「ありがとう!私も鼻が高いですよ!」
「あの……」
 
 
 富士の『箱船』に乗り換える。いままでもそうだったが、降りた富士はすっと消えていった。不思議だが、ま、選ばれた後で聞けばいいだろう。
 
 さて、残された俺と竹内。これが最後の競争だ。ここから先は、精神の戦い。機体の性能が同じである以上、強さはパイロットの力で決まる。
 もっとも、俺が乗る場合にかぎり、機体の性能で強さはきまらない。精神の鍛え方が違うからだ。
 たとえば小説を書くというのは頭だけ使ってれば良いかというとそういうもんじゃない。とにかく、一にも二にも精神。精神を酷使するもんだ。まっしろな紙に世界を想像していくという作業はちょっと普通に働いていたんでは経験できない苦労だろう。
 庶民は完成された小説だけみてあれこれと文句を付けるが、一度でもいいから制作者の立場に立ってみてもらいたいな。その過程をみれば苦労がわかるだろう。自分ではなんにも創れないやつに限って、文句だけはプロに対してもいいやがる。すばらしいアーティストであっても、必ず何人かはそういうクレーマーが出てくるんだ。 俺はこういう奴らの文句にたえるという、いわば芸術家の職業責務に耐え、創作という重労働に耐えてきた。つまり、精神の鍛え方が凡人とは異なる。
 実際、竹内との差はぐんぐん広がっていく。竹内は必死に追いすがろうと顔をゆがめてまで急げと念じているようだが、ちっともおいついてこれない。それはまるで、凡人の有限なる努力が、才能という二文字をもった人間に阻まれ、決して追いつけないという、人生の縮図を見ているようだった。
 竹内の気持ちになって考えてみると、あまりに現実は悲しい。凡人だって、生きていくためには自己肯定が必要なはずだ。凡人なりに、『俺だって!』という心持ちがないとやっていけないだろ?だから、目の前の現実をゆがめて、頭の中の認識を書き換えるんだ。右から現実がきたら左をみて、左からリアルがきたら右を見て、両方から迫ってきたら目をつぶる。そういう風にして、厳しい現実から目を背け、空想の中で世界の主役になる。あいつは~~かもしれないけど、こういう点で俺の方が勝ってるから、俺はまけてないよね?といった風に。
 しかし竹内はいま、まさに俺という人間によって厳然たる解釈の余地無き敗北を突きつけられている。いや、俺は彼をくるしめたいわけじゃないんだ。だって、そうだろ?凡人だって、幸せに生きる権利はあるんだ。あえて奪い取ろうなんてレベルの低いことを俺はしたくはない。
「竹内さん、あんたおもったよりやる人だよ。また今度勝負してあげるさ。それまでにがんばってきなよ」
 俺は慈悲の心で竹内を慰めた。上に立つ者は、舌に立つ者に配慮せねばならない。だって、舌の人間がいるから上の人間もいるんだものな。世界は俺一人で成り立っている訳じゃない。
 
 遠くの方で、竹内が涙を流しながら顔を緩めているのが見えた。全てを諦めた時、人はあんな顔をするのだと知った。
 
 俺はトップに立ったのだ。
 
 ・・・・・・・・
 ・・・・・
 
 その後もさらに奥に進んでいく。
 もうゴールは間近だ。直感でそう思い出した頃だった。先の方に大きな球体が見えた。直感を裏付けるようだ。なんとなく、俺はあそこに触れればいいんだとわかった。これも直感。
「いよいよ、えらばれし者になるんだ」
 少しどきどきした。結果を出す人間ならば体験したことがある、成功の予感からくる緊張。心地がいいものだ。
 
 球体にどんどんせまってくる。どんどん近づいてくる。近づいて、近づいて、近づいて、もう目の前まで来て………
 
 触れた。
 
「あ」
 ……………何の因果か。その瞬間、俺は全てを思い出した。
 
 
                            
【過去】
 
 「あなたは死にました。しかも不正なシャットダウンを行いました。よってこれより裁判を行います」
 灰色のスーツの男は、俺に向かって事務的に述べた。
「裁判だって!?」
「そうです。私は検察官。そして対面におられるのが裁判長です」
 辺りを見回すと、たしかに場所は法廷のようだった。向こう側を見ると、アロハシャツをきたおやじがいた。黒縁メガネをかけていて、口ひげを生やしている。どこかでみた、麻薬をやって逮捕された現AV監督にそっくりな顔をしていた。まちがっても裁判長などにはみえない。
「おっす、オラ裁判長。偉~いカミサマだから敬うように。ちゃっとやってくれたら天国いきも考えてあげるからね。天国はあんた、いいとこだよぉ。酒は飲み放題パチンコし放題。お姉ちゃんもいっぱいいて、おさわりありときたもんだ。えっへっへ。……あーそういうわけで、裁判始めるからね、まず被告人、名前を名乗ってください」
「クロス・ハイデガー……って、ちょ、ちょっとまってくれ。俺はどうしてこんなとこにいるんだ、アパートで首をつって死んだはずだぞ、俺は。おい、おかしいじゃないか。なんだよここ、なにやってんだよ、いったい何の権限で裁判なんか」
 裁判長とやらが鼻をほじりながらかったるそうにする。
「まーたこういうタイプかい。おいらもうミニにたこができた」
 検察官と名乗った男が俺の方によってきて文句を言ってきた。
「いまいち自分の立場がわかっていないようだね。よろしいか、ここは天界。死後の世界だよ。君は偉いカミサマの裁判長がつくった君の人生を気に入らないからと言って身勝手に命を勝手に終わらせた罪で、天視庁に起訴されました。今後の措置を偉いカミサマの裁判長がきめるから静かにするように。あとね、あんたの名前は辻仁鳴でしょ。ちゃんとやってよ、もう」
「そ、そんな……しご、しごのせかいなんて」
「あー、わかったわかった。これでものみなさい、おちつくから」
 検察官はスーツのポケットから錠剤をとりだし、無理矢理俺の口の中に入れた。俺は反射的に飲み込んでしまう。
「うっ!?うぐっ・・・」
 とたん、猛烈な勢いで体が弛緩してきた。。声を出そうにも力が入らず、俺は倒れた。
「おや、裁判長、どうやら被告人は意識が混濁している模様」
 くそ……そんなばかな………
「おお、そっかい。んじゃあ、尋問せずに判決だすかね、仕方ない。で、こいつなんで死んだの?」
「は。まずは天視庁が作成したこのENMAノートをみていただければ……」
「あーいい、いい。横山ちゃん、よみあげてよ。ながいんだもん、それ」
「はい。えー、辻仁鳴 5月18日 18時43分 自宅の一人暮らしアパートにて首をつって死亡。理由のひとつは恋人に振られたこととあります」
「恋人?かわいかったわけ?ちょっとその辺の痴情知りたいなぁ」
 はん、ユキはかわいくて、芸術をわかっていて……でもお互いの芸術的完成のために別れただけで、俺が一番好きだというのはかわらないソウルメイトなんだ、ザマミロ……
「いやぁ、ブスですね」
 まぁ、はは、あれだよ、女の趣味はひとそれぞれでお互いが幸せなのが重要……なんだ。そうさ……
「裁判長のお気に入りのあいちゃんの足のつめくらいのレベルです。ふむふむ、どうやら小宮山雪子という名前で、きっかけは辻のライブと。辻が大学5年の頃です。彼が学園祭にでたライブに、彼女はたまたま通りすがってたまたまCDをかった同大学一年。のち、辻がいちばんいい写りのライブ写真を自分のブログに掲載した。ブログには日記や詩作がかかれてます。その写真を見つけた彼女は、辻のファンだと称してメールし、辻にファミレスをおごったりして、あとは流れで……にゃんにゃん」
「ライブぅ?そんなによかったわけ?」
「いや、辻はメインボーカルが休憩中のつなぎです。高校の頃の後輩がリーダーやってるバンドに無理言ってはいってるだけです」
 で……でも俺は音あわせにスタジオに入って歌ったり一緒にカラオケに行ったり、メンバーがインスピレーションを得られるようお勧めのCDを貸してあげたり、なにより歌詞をかいたりしていたわけで、それは音楽に欠かせない要素なわけで作詞というのは難しいから……
「本人は詩を提供するバンド内作詞担当のつもりのようですが、実際に使われたのは3曲。しかもメンバーがかなり修正してます。まぁ、曲調とあわせなきゃいけないから当然ですね」
 だ、だけどそれでもユキは俺の功績をわかってくれてるんだ、お、お、おおれは、だって、文学賞もとっていて、『宮城ずんだ餅賞』を受賞して町おこしに貢献したんだから、ずんだ餅賞はスゴイ賞だから、作家がかいたちゃんとした歌詞だって事をユキさえわかってくれればおれは………!
「はー、じゃなんでその小宮山って女はこいつのファンなのよ」
「さっきもいったように、小宮山はブスです。しかし、夢想家だったのです。大学の劇団サークルにはいって女優を目指していた。彼女は考えた。一流の女優にはそれをささえる魂の伴侶が必要だ。たとえばアーティストを目指す男と芸術論を交わしながら互いに成果を褒め称えられたら素敵だ。だが、小宮山はブスだったのです。一流の人間とは付き合えない。そこで彼女は辻に目を付けた。そしてこう思い込んだきっとこのひとは一流なんだ、でも芽が出ないだけなんだ、わたしが埋もれた悲劇の才能を支える少女になるんだ……」
「ぷほー、あるある!!」
 ないない!ないない!そんなことあるはずが……
「で、別れた理由ですが、小宮山は辻にあきちゃったわけです。30歳ちかくになってもまったく芽が出ずではね。折しも、入っていた劇団、あ、この劇団には辻もはいってますね、道具製作として。で、この劇団の脚本家の社会人がB専でして、小宮山に声をかけた。小宮山はあっさりと乗り換えたと」
「ぎゃっは、それまたありそうな話!こんどあいにおしえてやろ」「…………」 
 
 ぷひひひひ、ぼくは大地の妖精さんだよ!
 
「で、もう一つ自殺の理由ですが、親の会社の倒産ですね。どうも前から財務状態が危なかったようです。もともと辻の親の会社は、辻の父の技工でもっていた中小企業。しかし父は働き過ぎで過労死してしまった。自然、会社はもたない。辻はすっかり遺産で暮らせるとおもっていたようですが。父が急死した連絡をうけ、実家に帰ると母からこういわれたのです。『もうあんたを東京で暮らさせられないよ。お願いだからこっちに帰って働いておくれ。ね、お願いだから!』弟にもいわれます。『兄ちゃん、芸術もいいけど働くのもわるくないよ。大学出て秋田新聞勤務ももう一年。はじめはきつかったけど、いまはたくさんの人と出会えたしスキルも身に付いてる。県民のために情報を提供するってすごくやりがいがあるんだ』そこで辻は東京で暮らすためと仕方なく中途採用に応募したようです。大手広告代理店、放送、商社などなど……」
「横山ちゃん、そりゃーむりだ」
「そうです、年齢条件からしても無理でした。仕方なく、辻は母の紹介で地元のハローワークに足を運びます。しかし、給料が安い、激務だ、訪問営業は嫌だ、肉体労働は嫌だ、単純事務は創造的でないなどいちゃもんつけまくって半ば追い返されます。どうやら弟にまけるのがいやだったようですね」
「冬が来たことに気づかないキリギリスってか」
「適切な表現です、裁判長。さてその後、辻は月12万8000円の家賃とモデル事務所登録料2万円が払えなくなり、引っ越しのための荷造りを始めます。5月18日13時のことです。東京での数々の思い出の品を箱に詰める作業をするうち、辻は泣き出しました。こう呟いていたようですね。『アーティストの俺が労働……それもクリエイティブな広告会社とかならやってやってもよかったのに……職歴がないってだけで……肉体労働……単純事務……強引な訪問販売……居酒屋……同期のだれより安月給でぼろぼろになって……世間のだれも俺の名前をしらず死んでいくんだ……年老いてだれにも気づかれず……死んで……』。
 辻は同日17時より小宮山に長い手紙をかき、そして18時43分に吊りました。彼が最後におもっったことは『働いたらそこで試合終了ですよ』だそうで」
「……おわり?」
「いや、まだありました。あー、なお、現在も死体は見つかっておらず、腐敗が進行中。死亡の時に垂れ流した糞尿で、足下に置いた小宮山への手紙はよめなくなったということです」
「あとで警察が大変だなぁ」
「さすがは日本一自殺の多い職業だけありますね」
 
 
「では裁判長、判決を」
「うむ、被告人は情状酌量の余地がないどうしようもないダメ人間である。そこで、魂消滅の刑に処す……としたいところだけど。いま、うちは再チャレンジ推進キャンペーン中である。よって、もう一度おいらの定めた運で人生をおくれるかも知れないチャンスを与える。よかったね。
 これ、この紙が詳細ね。ここおいとくよ。辻くんよ、きいてる?おーい、これみといてね。以上」
 
「いやぁ、お見事な判決です」
「いやーそんなことあるよ。えっへっへ。それにしても今日も不正シャットダウン者をいっぱい裁いたねー。大学院まででたけど仕事がなくて借金背負った哲学者に、アイドル志望がいつのまにかAV出演しててしかも流出しちゃった女の子、いじめうけてた子供に、ベンチャー失敗した経営者、25年勤め上げた会社に裏切られリストラされた中年……」
「まったくです。どいつもこいつも裁判長が適当に定めた運の一番悪い時に逃げるとは意気地がない。さっきの辻なんちゃらとて、生まれつきの運の総量は悪くないやつだったのに。怠惰で運を逃がし、しかも一番運のない時に逃げるとは」
「そーなのよ。おいらの気まぐれによると、はんだこて職人として世界最高レベルの才能をあげてたんだけどねぇ、ばかだねー、もったいないねー、あの小僧は!なんでそんな文学だぁ、音楽だぁ、なんだぁにこだわるかねぇ」
「だいたい最近の風潮からしてよろしくない。たとえば市民の模範となるべき警察官がもっとも自殺の多い公務員だとは、同じ公務員として情けない……」
「まlいいじゃないの。その辺の話はさ。もう今日は仕事は終わり!それより今夜はどの娘を指名しようか……えっへへ」
 
               *
 
【過去へ至る未来】
 
 ずぶずぶと。球体に取り込まれていた。たすけて、などと叫んでも意味はない。一度これにふれたら、もうどうしようもないんだ。
 全てを思い出した俺は、それを知っている。
 この球体は、卵子。そしてこの先が丸くて後ろが細い『箱船』は精子なのだから。
 
 裁判長に渡された紙には、『詳細』がかいてあった。再チャレンジ判決をうけたものは、その魂を精子に送り込まれる。精子を渡り歩きながら一等を目指す。一等になった者は……いわずもがな。そうでないものはまた別の競争に参加しなければならない。自分で降りたりしたら、ルール違反としてひからび精子罪をかされる。これは、オナニーによって出された精子に魂を封じ込められ、精子が干涸らびる苦痛を味わうもの。完全に精子が消失したらまた別の発射された精子からやりなおすという無間地獄の一種だ。
 
 まったく、俺はなんてバカだったんだろう!
 あなたすばらしい、あなたどうぞとおだてられすっかりだまされてしまった!
 こてんぱんに、再起不能なほど失敗したやつが人生なんてやり直したいもんか。どうせ負け組人生しか歩めないなら、俺は死んだ方がましだ。あの裁判長はどうせ俺にまともな運を用意してないんだ。下流で再チャレンジするくらいなら死んだ方が……みんなそうおもったから、誰も出生をのぞまなかった。あの、ハカセや竹内らは、それをみんな知っていたんだ。俺は記憶を失っていて、すっかりみんなのターゲットにされてしまったんだ。俺だってせっかくがんばって勇気を出して自殺したって言うのに、死に損じゃないか!
 そうさ、せっかく死ねたって言うのに、またやりなおすなんて。生まれなければ失敗もないし、ただふよふよと漂ってるだけですんだんだ。なぜ俺は、なぜ俺は記憶を失ってしまったんだ。ああ、あの裁判長のせいだ。繊細な俺に耐えられない現実を用意し、俺を追いつめた。だから俺は目を背け、記憶を失ったんだ。全部あいつがわるいんだ!……いや、あいつだけじゃない。俺を理解しないやつらは、みんな俺の敵なんだ!
「じゃあ、俺だけが世界中からはぶられてる負け犬ってか?お前らそれでたのしいのかよ!」
 俺の叫び声は、しかし誰にも届かない。誰も聞いていない。
「……でも、だから、なんだ」
 それは、ははは、他のやつだって同じだろう。他のやつの叫びは、俺には届かない。誰にも届かない。そうとも。俺も、あいつも、お前も、お前も、同じなんだよ……!
 断言するね!世の中の秀才とか騒がれてる奴らなんて、どってことない。一番楽なのは、出生しないことなんだ。それをわからず生まれてきて、一時期ちょいと勝って調子に乗るなんて馬鹿の極みさ!子供の頃は、誰だって神童呼ばわりされるんだよ。この俺のように。ほんとに賢いやつは、あのハカセ達のようにでてこない。永遠のニートを行う訳だ。お釈迦さんだってそうだろ?要するに解脱って永久ニートじゃん。現世での勝ち負けなんてたいした差じゃないぜ。要するに、生まれてきた俺のような数億分の一の馬鹿だ。その馬鹿の中で、勝ち負け競って小さな差であらそいやがる。そうさ、みんな俺と同じだ。みんな同じ負け組なんだ!
 
 
 俺の箱船が、ほぼ完全に取り込まれた。
「着床……畜生!なぁんちゃって………はは」
 ははは。おもしろい。ははは、ははははは。ハハハハ!笑える!
「あはははハははは……ハははは……うう……うっ、うぐっ」
 
 ぽろぽろと涙が流れてきた。
 ウミガメは産卵の時、涙を流すという。これから生まれて、そして食われて死んでいくたくさんの子供達の出生の悲しみを思って泣いているのだろう……。こんな時にまでとんでもない文学的才能が発露しまうんだな、俺は!
 
 さぁ、俺はうまれるぞ。またやり直すんだ。人生。億レベルバカに、ああ、親にはこんな風に言って欲しいね。
 
『こんにちわ、素敵な赤ちゃん!あなたの人生はきっと素敵なものになるわ!』
 
 よろしくどうぞ!
 
〈了〉
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