「すがた」(2)
十月の北海道は思いの外寒かった。空港を一歩出た途端に、東京にいるのと同じような気分で出かけてきたことをすぐに後悔することになった。彼とは電話と同じく簡単に挨拶を交わした。話し方や身振りは学生の頃とほとんど変わっていなかったように思うが、笑った頬にできたいくつかの皺にお互いの過ごしてきた月日を感じた。昔から彼は短髪、長身、精悍な顔立ちのいわゆるいい男だった。どちらかというと寡黙なタイプで遊んでいる印象は受けなかったし、休みの日にジャージで部活の試合(小さい大学だったから部活といってもさほど強くも厳しくもなかったようだ)にでかける姿を度々見かけた。その一方で自由な大学生活を十分すぎる程謳歌していた僕とは、家が近いということ意外ではほとんど接点がなかったが、その一点で僕たちは不思議につながっていた。
彼の運転する車がだんだんと市街地を離れ、ゆるやかな傾斜地が目の前に広がっていく。遠くに白く山なみが見えた。僕たちはいくつかの会話を交わした。
「仕事は何をしてるの?」
「あいつはどうした?」
「結婚は?」
「両親は?」
お互いにそういういくつかの質問をしたり、答えたりしながら次第に学生時代の思い出に話は移っていく。僕は一度だけ彼が女性と二人でいるのを見たことがあった。彼女はどうやらいたらしいのだが、僕が女性といる彼を見たのは記憶によるとその一度きりだ。大学のキャンパスの中でも特に枝を大きく広げた大木の下の、石造りのベンチで彼とその人は話していた。遠めに見えただけだったが、長い黒髪の、華奢な人だったように思う。二人ともベンチの上に足を上げて、伸ばせばすねが重なるくらいの距離に離れて座っていた。気のせいかもしれないがその人は泣いていたように見えた。彼はそれを慰めるともなく、ぼんやりと彼女の足元を見ていた。何気ないしーんなのだが二人の関係がそのときの僕にははっきりとわからず、妙な気持ちになったことを覚えていた。なんとなくそのときのことを彼に話すと(一度も直接聞いてみたことはなかった)、
「それは嫁だよ。」
という予想外の答えが帰ってきた。十年近い時を経て、僕はまたもや妙な気持ちになった。FMラジオから懐かしい歌が流れてきた。でもその歌は大人になってから覚えた、僕が音楽も知らない赤子の頃の曲だった。
「そういえばうち、羊がいるんだけど、大丈夫だよな?」
「ペット?」
「そんなわけないだろう。」
そう言って彼は声を出して笑った。馬鹿な質問をしたことが少し恥ずかしかった。」
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