「
すがた」
ちょうどこんな、乾いた砂が舞うような寒い日だったと思う。彼は大きく濡れた瞳に僕を写して、「ありがとうございました」と言った。彼のこもったような、草原を歩く象たちの言葉のような低い声を僕はぼんやりと聴いていた。それは悲しく懐かしい歌だった。
退屈な時間にもいつか終わりは来る。二十歳の頃技術と芸術の融合を志して虚無と闘うつもりでいた退屈な僕は、三年前にいなくなった。二十台後半で今尚両親に寄生しながらフリーのライターをしている僕を、二十歳の僕は想像していただろうか。午後九時過ぎ、ゴールデンタイムのドラマのオープニングを見ながら稲沢さんからの電話を切った僕は、いつものように途方に暮れていた。稲沢さんの仕事の依頼はいつも決まって難しいものばかりだった。僕は安楽椅子探偵のように、自宅でできる仕事が好きだ。それなのに彼女が持ち込む仕事はいつも決まって、自分の足で歩き、地面にはいつくばってネタを集めないといけないようなものばかりだった。冴えないOL(といってもちょっとその辺にはいない程の美人だ)が可愛い後輩とおしゃべりしているところでテレビを消して、机に向かって便箋とボールペンを取り出した。学生の頃の友人で、卒業と同時に故郷の北海道へ帰っていった奴がいたことを思い出したからだった。こなれた文章をしたためていく。階下から両親と弟の話し声が聞こえていて、部屋の中の時計やベッドや、書棚は僕の体から出る音を聞こうとして押し黙っているようだった。三十分で書き上げた手紙をすぐに送り、またテレビをつけて十一時台のバラエティを見始めた。
返事は思いの外早かった。便箋一枚の簡単な手紙には取材については全く問題のないことや、久しぶりに会えるのを楽しみにしているという旨のことが書かれていた。携帯電話の連絡先が書いてあったので、電話をかけた。五年ぶりの会話は特に盛り上がるでもなく、簡単に日取りを打ち合わせして電話を切った。声が少し変わっていたように思う。学生の頃、彼の落ち着いた低い声はいつも何かを語りかけるようで、僕を少し不安にさせた。電話越しに聞いた彼の声に安心したのは彼の変化のせいだろうか、それとも僕の変化のせいだろうか。
※続く※
いかがでしたでしょうか。一つの試みとしてこのブログ内で完結させていきたいと思っています。いつになるかはわかりませんが。
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