二十世紀イタリアを代表する作家カルヴィーノを初めて読んだのは『柔らかい月』で、確か冬の寒い日中、葛西臨海公園の芝生に座って海を眺めつつの書見だったと記憶しております。お月様が液状と化して地球に降り注ぐ幻想的なイメージや、アメーバが分裂する様子を書くという奇想天外な発想に魅了されました。で、知人に「カルヴィーノ面白いぜ!」と触れ回る。読んだことのある人がいる。そんなこんなで一時カルヴィーノブームが僕の周りで起こったのもいい思い出です。
架空の都市の様子が次から次へと出てきたり、タロットカードの連なりから物語が瞬く間に発展して行ったり、縦に切断された子爵が半分だけ戦争から戻ってきたり、小説を読んでいるつもりがいつの間にか別に小説になっていたり……一作一作ごとにまるきり違う魅力を持っているカルヴィーノ、本作は初期の短編を集めたものとなっており、上で挙げたような構造上の工夫はありませんが、これもまた面白い。
始まりの「蟹だらけの船」、「魔法の庭」二作は子供たちの遊戯が書かれていますが、文字から想像される世界にある種のきらめきがあって頭がとろけるようになってしまいます。おしまいの「楽しみは続かない」にもそのきらめきがあって、読み返せば短編集全体に子供たちが遊びに熱中しているときの、きらきらとした感覚が広がっている気がします。深刻な内容の編もありますが、そのきらめき、透明性が溶け込んで、一つのユーモアを感じられます。そしてそんな透明性、軽さが、重々しくおどろおどろしく内容を虚飾されるよりもずっと心を揺さぶるのです。
未読の方は、カルヴィーノを何冊か体験してから、ルーツの一つを探る感じで読んで頂けると嬉しいです。未読の方も既読の方も、拙い文章にお目通し頂きありがとうございました。
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